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いざパリへ。最後の頑張りどころ…山口和幸のツール・ド・フランス日記

ツール・ド・フランスがスポーツ新聞の企画として誕生した20世紀当初は、広大なフランスを忠実に1周する自転車レースだった。そのため一時は総距離5000km、各ステージの所要時間も日が暮れて翌日にゴールするなんて今では想像できないレースだった。

その後、レースは次第に選手の競技力と機材性能が向上し、主催者としてより魅力的なコース設定を心がけるようになった。コースが左回りならピレネーが前半でアルプスが後半、右回りならその逆となるが、主催者としてはできれば最後の最後まで総合優勝争いをもつれこませたい。そのため後半の勝負どころを最終日前々日あるいは前日にもってくることが近年の傾向となった。
例えば今年の場合、アルプスで開催される第20ステージは最終日前日だ。選手はその日ゴールして麓の町に宿泊するが、ここからパリまでは陸路で650kmある。ピレネーのケースではそれが850kmになるので、さすがに最終日前々日で山岳ステージを終わりにして、パリに向かう道の途中で個人タイムトライアルなどを設定する。それでも最後の大移動は2日がかりで850kmになる。

最終日前日のレースが終われば選手もチームスタッフもその年のツール・ド・フランスは「セ・フィニ(終わり)」だ。ゴール地点のサルドプレス(プレスセンター)で総合優勝者が最後の記者会見を行う。まだ1日あるのだが、これは恒例だ。取材記者もそれをもとに総括原稿に取りかかる。選手はその夜、もう戦いは終わったものとしてビールやワインを飲むし、脂肪分の多いカルボナーラやハンバーグも口にするという。

こうして選手は最終日の午前中にちょっと二日酔い加減で近くの空港に送迎され、一気にパリへ。あるいはフランス高速鉄道のTGVでパリへ。しかしながら機材車両を運転するチームスタッフやその他の関係者は650kmの陸路移動である。チームスタッフは前夜に移動をしてパリへの途中で一泊することも多い。つまりその日はもうマッサージもないのである。
今年は最後の勝負どころ、ジュープラーヌからモルジンヌまでダウンヒルしておおかたの成績はほぼ確定。もちろんシャンゼリゼでのステージ優勝や敢闘賞という最終日の楽しみもあるのだが、あとは最後の大移動。疲れもたまっているが、前方にパリの標識を見ながら残り距離ばかりを数えていく。ボクはさすがに一気の移動は自信がないので、モルジンヌで仕事が終わったらおよそ200kmほど離れたマコンに宿泊。刻むわけである。

モルジンヌに残った選手たちも午後には最終到達地のパリに向けて移動。真夏のフランスを駆け抜ける23日間の戦いも、20年連続となるボクの全日程取材ももうすぐ「セ・フィニ」だ。
提供元:CycleStyle

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